H君はこれからどんどんエレキギターが上達する
僕はどんどん下手になる
二人のエレキギターを弾く力はどこかで交差するんだろうけど
彼には早く上手くなってもらいたいけど 僕もむざむざと彼に抜かれはしない
良い刺激だ
さて 僕がジャズギタリストになるまで
まだまだ話は長くなりそうなので 先を急ごう
いつのまにか どこかの駅弁大学の大学生になっていた
当時の大学は 軽音楽部や器楽部華やかりし頃で 応援団の勧誘をかいくぐって 計音楽部に入部・・・
しようなんて 更々思わなかった
折角大学生になれたのに また先輩だ 後輩だ って そんな煩わしいことが大嫌いだった
僕は高校の時のバンドでしばらくは音楽活動を続けようと思っていたし 僕の目標はあくまでも 繁華街にあるディスコの箱バンド
大学で生ぬるい音楽をする気なんてさらさら無かった
とはいえ 僕のギターはやっぱりイカサナイ 僕らのバンドもイカサナイ
月に1〜2度の米軍キャンプの仕事が唯一の収入源では 楽しかるべき大学生活も非常に制限される
貧乏に辟易して 繁華街でボーイのアルバイトを始めた
たまのステージでは休ませて貰ったが 毎日夕方の6時から夜中の3時くらいまでアルバイトをしてた
それはそれで楽しかったけど 貧乏から脱出するには至らなかった
ステージも数えるほどしか無く たまに地方のライブに招待されたり ドサ廻りのような仕事ともライブともつかないようなステージはあるけど 僕らのバンドがやるような 没個性のハードロックは 人気が低迷しつつあり ストーンズや ブルースや 何かバンドの方向性をはっきりしないと ジリ貧だな〜との危機感は 日に日に募っていった
僕が目標とする ディスコやダンスホールのバンドの連中は 僕らといくつも変らない若い連中が多かったし その年齢で かなりのレベルの演奏をしていたから 僕の夢もなかなか実現しい難いな〜と
折角大学生になれたのに ばら色の学生生活とは言い難かった
おまけにバイト先が倒産し バイトを失った僕は 半年ほどパチプロをして生活を支えていたけど そのパチンコも 電動式に変更になり 全く勝てなくなってそれも止めた
大学2年生の夏は 経済的にどん底で それでも友人のアパートにたむろして いっぱしのロッカーやヒッピーを気取った生活で 何とか糊口をしのいでいた
秋口に入り 丁度20歳を迎えようかと言う時に キャバレーのバンドの一員として仕事をしないかとの誘いを受けた
聞けば ベーシストを探してるとのこと
ベースか・・・ ベースは嫌だな 弾いたことないし 楽器も持たないし
ちょっと迷ったけど 背に腹は変えられない
バンドが持ってるベースを借りることを前提に ベーシストとして そのキャバレーのバンドの いわゆる箱バンドに入ることになった
このことをキッカケに 僕の音楽人生が急速に転換して行く
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