2012年01月02日

本格的にジャズに取り組む

本格的にジャズに取り組む

ここまでバンドマンとしてのキャリアを少し整理しておきましょう

昭和48年10月 4流キャバレーのコンボバンドのベーシスト(20歳)
昭和48年12月 3流キャバレーのコンボバンドのギタリスト
昭和49年07月 サパークラブの崩れロックバンドのギタリスト

サパークラブの仕事は楽で楽しかったけれど ジャズを勉強する場としては得るものは少なかった
同年代の気の合う仲間と 主にポップスを演奏しながら時々ジャズもどきの曲を演奏する というスタイルだからそれも当然で 10ヶ月ほど過ごしたこの店では はっきり停滞期だったと思う
だけど 嫌でも毎日演奏するので 曲を覚えたりギターの基本的技術は少しづつ上達したであろうことは間違いない
但し 店の所在地が繁華街からは離れた場所にあったため メインストリームのミュージシャンとの交流の機会は少なく 僕自身のスキルはジャズギタリストとは縁もゆかりもない 平凡な若手ギタリストというステイタスだったと思う

このサパークラブは僕等のバンドが入って1年を待たず経営不振のためクローズすることになった
経済的には残念なことだったが 自分の音楽のキャリアにとっては 良いことだったと思う
だけどこれも今思えば ということであり 当時の僕は友人とのバンドが解散を余儀なくされることに若干の寂しさを感じていたし 当面の収入源を失うことは更に大きな問題だった

それでも ギタリストとしての職場はいくらでも有った
音楽的交流は少なかったが 僕が通うジャズ理論の講座は(地元の有志のミュージシャンが無償で教える場が有り 僕はその講座の優等生だったので バンドマンの間では割合有名だった)多くのミュージシャンが受講しており その伝だと思うが 複数のバンドからオファーを受けた
僕が望む ロック系のバンドとの接点は無かったので仕方なく「金馬車」という老舗クラブのバンドのメンバーになることに決めた

時は昭和50年3月 21歳になっていました

今思えば この店が僕が本格的なジャズに接する本拠地になったんだと思う
このバンドは ヴィブラフォンのバンドマスターと4リズム+テナーサックスという素敵な編成で 色んなレパートリーが演奏可能な編成だった
しかもバンマスのヴァイブ奏者は凄腕で かなり年配の方だったが 自分でコピーしジャズのスコアを沢山作成してあった
もちろん古い年代の方なので 正式なコードの知識は無く コード表記等はかなり恐ろしいものだったが 音は水準以上に正確に採ってあったので 本当のコードの流れは容易に創造でき 演奏上の支障は少なかった

なかでも シャーリングスタイルの楽譜は 編成上とても良いサウンドがするため ステージでの演奏も楽しかった
このころから ようやくジャズって良いものだなと思えるようになった

だけど このバンドで特筆すべきはドラマーで 僕よりも一回り上の年配の方だったから 当時は33歳くらい そして10代からプロの飯を喰ってあったから 当時でもベテランだった
今の僕から見れば30過ぎの洟垂れ小僧だが 21歳の当時の僕には 随分チャンジー(爺ちゃん)だと感じていた
彼は本格的ジャズ好きで ロイ・ヘインズやトニー・ウイリアムスの大ファンだった
僕はロイ・ヘインズは知らなかったので なんだか変なシンバルを叩くチャンジーだなと思っていたが ある程度音楽がわかるようになって 彼のドラミングがロイ・ヘインズの強い影響を受けたものだと気づいたが この年になってもロイ・ヘインズの良さがわからないんだから 現在の僕は当時の僕と同じで 未だに ある程度しか音楽がわかっていないということだ
彼は僕の加入をとても喜んでくれた
バンマス以外はやる気の無いミュージシャンに囲まれて フラストレーションが溜まっていたところに 僕のような若いバリバリのギタリストが加入したことで 心から喜んで下さった
僕は僕で ジャズをやっても良いなと思い始めたタイミングだったので 直ぐに彼と打ち解けて 一緒に練習をするようになった

とりあえずは他のクラブの若いベーシストを加えて ギタートリオの形で 金馬車で昼の12時から2時間程度 毎日の練習が始まった
当時はクラブといえども大らかな時代で ミュージシャンは自分が所属していないお店でも比較的自由に立ち入りが許されていた(もちろん営業中の客席に入ることは許される筈も無い 念のため)
ミュージシャンは練習することが本分で それは店側も理解してくれていたし ミュージシャンは横のつながりが大切なので そこも店は理解してくれていた) 要は ミュージシャンがある程度 尊敬もしくは敬意をはらわれていた時代だったんだろう
残念ながらカラオケの登場で この尊敬や敬意は秒速で雲散霧消してしまったけれども・・・

練習が終われば とりあえずジャズ喫茶または普通の喫茶店で音楽談義をし 僕は住まいが遠かったので ドラマーのお宅でシャワーを使わせてもらったりしたあと それでも開店まで時間を持て余したので 一人でジャズ喫茶で時間を潰してから ステージに備えていた
僕自身のギターの練習は この当時が一番真剣にやってた
若いから上達は速かったんだろうが それで直ぐにジャズが出来るほど甘いものではありませんね

それでも約2ヶ月程度の練習を経て 地元のジャズ喫茶で初ライブを行うことになるのだから 厚かましいというか 恐れを知らないというか

次回は初ライブまでの経過と結果を中心に書くつもりです
この記事へのコメント
ritzfun さま

初めてコメントします。

実は、YouTubeの「エレキギター初心者 発展途上 Mr. Moonlight」から、ここにたどりつきました。
 あまりにも素晴らしいJohnさん、そのヴォーカルに惚れてしましました。
 お願いがあります。Johnさんのライブ予定があれば、ぜひ教えて下さい。その他、Johnに関する情報があれば、教えていただきたいのですが。
 当方、定年退職したチャンジーですが、Johnさんのヴォーカルを聞いたとき、月並みですが、鳥肌が立ちました(私も昔々、ビートルズに夢中でした)。ぜひライブで聞けたらと思い、メールした次第です。
 いきなり不躾なお願いで申し訳ありません。
 ご多忙のところ、誠に恐縮ですが、ご回答のほど、よろしくお願いいたします。

失礼いたしました。


Posted by hoh664049 at 2012年12月07日 15:50
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